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You've got mail #9 

「ピーターパン」からの手紙

2011年8月22日(月) 開演 午後7時

2011年8月23日(火) 開演 午後7時

文京シビックセンター・小ホール

<演奏曲目>

第一幕

 ・ ジャスト ビョンド ザ スターズ

 ・ アイム フライング

 ・海

 ・ 仰げば尊し

 ・ 「始まり」(「冬のソナタ」よりBGM)

 ・ 歌謡曲メドレー(平成から昭和へ)

 ・ 「記憶の中へ」(「冬のソナタ」よりBGM)

 ・ マック ザ ナイフ

第二幕

 ・ 野に咲く花のように

 ・ インディージョーンズのテーマ

 ・ 宇宙戦艦ヤマト

 ・ バンド演奏 ・ 「A列車で行こう」

 ・ 「初めて」(「冬のソナタ」よりBGM)

 ・ 案山子

 ・バンド演奏 ・ 「アイム フライング」

 ・ 「ラブ・ボエム」(「春のワルツ」よりBGM)

 ・ 明日があるさ

<演出・脚本 福原正美>

まだ渋谷の子供の頃でした…。

銀幕の世界。ボクの物語好きの幕開けです。

松竹「神州天馬侠」から始まって、東映「笛吹童子」と「紅孔雀」、「天兵童子」…。
ラジオ放送では、なにはさておき、「少年探偵団」でしょう。やがてテレビが家庭に入ると、「月光仮面」に「少年ジェット」、「白馬童子」…と、続々とヒーローが登場。ヒーロー交代の影響力は大変でした。ここ渋谷・宇田川町のガキどもが演じたチャンバラ遊びのルールまで変えたほどでしたから。

劇画の世界に足を踏み込んでみると「少年ケニア」が待ち構えていました。母親に「いい加減にしてもう寝なさい。目が悪くなるよ」、そう言われても布団に潜り込んでも手放せなかったのです。渋谷の街はボクには明らかに「ネバーランド」だった…。

ところで、外国にもヒーローはたくさんいます。孫悟空を筆頭に、スーパーマン…ピノキオ、そして、ピーターパン。でもボクは子供の頃、外国のヒーローたちには「ともだち的感覚」がわきません。東映映画に毎週通っていた小学生時代こそ、ボクは紛れもなく「ピーターパン」だったのだと、青年になってから気づいたものでした…。

子供は、いきなり大人にはなれませんね。段階があるようです。

赤子から幼児に。子供になり、思春期を通過して青年になり、社会に出て行く。大人になり、やがて人の親になる…。子供と青年の間に「思春期」があります。体調にも変化が出るのもこの頃です。
あれは高校生になった時でした。渋谷の松竹に「加賀まりこ」さんの写真が置かれていました。中平康監督作品「月曜日のユカ」でのスチールです。そうです、ご存じの方は例の「まりこさんの後ろ姿」を思い出されたことでしょう。衝撃でした。初めての衝撃です。正視できないのです。別にじっ
と眺めたわけでもないのにドキドキ感がとまりません。…あれ以来、ボクはいまでも「加賀まりこ」さん以外の女優さんは認めたくないほどの大ファンのままです。でも、不思議なことに「まりこファン」になってからというもの、あれほどボクの人生と一緒に歩いてきたはずの映画が遠退いていきました。毎週が月に1度行くか行かないか、やがて年に2,3度しか映画館に行かなくなったのです。見たくない映画がこの世にあることを覚えたからです。見たい映画が自分の歳とは反比例して、少なくなっていきました。かといって映画館に変わるほどの魅力のある場所はない。ひとりで渋谷のジャズ喫茶に籠もりました。チャンバラ相手もいなくなり、ドロケイをする悪戯坊主どもも、どうやら渋谷から姿を消したようです。ボクと同じように…。渋谷も渋谷ではなくなったのです。

「ピーターパンとさよならした日」でした・・・。

いや、ボクの中からピーターパンがいなくなったというべきですね。

話は変わりますが、「とんがり帽子」(作詞:菊田一夫、作曲:古関裕而、歌:川田正子)という曲があります。昭和22年から25年までの3年間、790回に及ぶNHKラジオドラマ「鐘が鳴る丘」の主題歌です。戦災孤児の物語です。ボクはもちろんナマで聞いたことはありません。でも、先輩諸氏は「緑の丘の 赤い屋根ぇ~」と、聞いたとたんなんだかニヤニヤします。なぜでしょうか。このドラマは、昭和25年の世論調査で判明したのですが、全国民のうち90%が聞いていたのです。ですから「とんがり帽子」は先輩諸氏にとっては、我が子供時代のシンボルなのでしょう。

このように、誰の中にも子供時代のシンボルってあるものだ、とボクは大人になって気がつきました。「童心」です。

童心。

創作力の源であり、情熱の原点であり、光であり影であり、音であり映像であり、生きている証でもある。童心のシンボルがボクには「紅孔雀」の中村錦之助であり、時には「少年探偵団」の小林少年なのです。巨人軍の帽子やおままごとセットもみんなみんな、人の中にある「童心」のシンボルです。

今回は、「ピーターパン」とは「童心」の象徴である、という定義でこの台本を書いてみました。

現実に変貌した渋谷でも、決して消えることのないボクだけに見えている「ふるさと」であり、その街の中での想い出たち、記憶の数々。どんなに歳をいただいたとしても、どんな大人になっても、決して失わずに抱き続けている童心、「ピーターパン」。今回は皆様とともにほんの少しの時間であっても、この場に我が「ピーターパン」を連れ戻し、皆様と一緒になってそれぞれが抱いている「ピーターパン」を楽しみたいと思ったのです。

そして、願わくば…ですが、本日夏休みでご両親とご一緒に劇場に来られた「現役ピーターパンたち」が、この日の音と光、母さんと父さんの笑顔も全部ぜんぶ、心の写真機で撮影してくれたら…サイコウ! 劇作家として、これ以上の仕事の歓びはございません。

さて、音楽劇ですから音楽を使います。オペラのアリアから、唱歌、歌謡曲、アニメソングにディズニーソング、世界民謡と世界にある全ジャンルを使います。出来るだけ知られている曲を選曲するのがこの舞台の特徴です。

私事で恐縮ですが、先ほど映画の想い出を書きましたが、音楽との関わりを少し書きます。

映画には音楽がつきものです。映画「スーパーマン」や「インディージョーンズ」から、音楽がまったくなかったと想像して下さい、ヘンですから。それほど映画音楽は、特にアニメ映画は洋の東西を問わず切り離せない存在です。古今の「物語」には、楽器演奏がつきものなのです。

映画館に通い詰めていると、物語を楽しんでいたのですが、同時に音楽も好きになっていきました。中学生から金管楽器を吹き始めました。加賀まりこさんの写真に出逢った頃を境にして、ボクは銀幕よりも銀座や上野の音楽ホールに通い始めていたのです。音楽の勉強方々でしたからさほど熱はあがりません。

ところが、です。

ボビー ダーリンとの出逢いは衝撃でした。いまでも体が震えます。「三文オペラ」の「マックザナイフ」を歌うボビー…。インテンポです、まるでラヴェル「ボレロ」を連想します。音の切れ味、音楽的スマートさ、劇的な緊張感とユーモア…。全米ヒットチャート第1位になるのは当然でしょう。このサウンズとの出逢いが、いま想えばボクが「青春の門」を通った日でした。あの当時、プレスリーが全盛でした。シナトラがビッグバンドを背景にヒット曲を飛ばしてはいましたが、「マックザナイフ」には勝てません。そして、あれからなん十年も経ちましたが日本人の歌い手で、「マックザナイフ」を「マックザナイフ」として歌える歌手にまだ出逢ったことはありません…。今回、どうせ「ネバーランド」をテーマにして書き上げたおとぎ話の台本なので、中西君に「お前の美声は聞き飽きた。どや、この際ボビーやって!」と依頼しました。中西君は大変な勉強家で努力家です・ボビーダーリンのDVDをアメリカから取り寄せたり、譜面よりも歌詞を追いかけたり。そのたびに「すげぇーや、この人。ワシにどないせいッちゅんや! アカンわぁ」と稽古場では音を上げていました。クラシック専門の中西君にボビーをやれ! という方が乱暴なことは承知の上です。だが彼がどれだけ出来るか・・・。連日自宅でも (おそらく、ですが) 挑戦し、冒険を続けた中西君です。皆様、片目を閉じて聞いてあげて下さいませ。

今回、トップシーンの林欄さんの長台詞を用意しました。まるまる5ページに及びます。さすがは日本を代表するシェイクスピア劇団AUNの女優さんです。台詞を入れるのは当カンパニーではナンバーワンですが、ただの長台詞ではないのです。彼女は今回のこのおとぎ話をあたかも、「そうなんだ!」と現実味を漂わせるようにと注文を出しています。とにかく欄ちゃんのこのシーンは理屈抜きで、おかしい。彼女がなぜ子供たち、とくに女の子のファンが多いか、ボクにはよくわかります。あの台詞のテンポと動作の連動でしょう。

では、大人になった元子供たち。
大空を飛び回ってみようではありませんか

あの日のように! ・・・ねッ。



・・・まさみ・・・

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